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組織開発|ミスターラグビーの魂と協会の取り組みのコンビネーション

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組織開発|ミスターラグビーの魂と協会の取り組みのコンビネーション

組織開発|ミスターラグビーの魂と協会の取り組みのコンビネーション

2025/07/07

去る6月28日にNHKの新プロジェクトXで日本ラグビー界がラグビーワールドカップ2019日本大会を成功させるまでの話が特集されました。ラグビーはサッカーと同様、スポーツの中でもその場の状況で選手自身が考え判断し即行動しないと勝てないスポーツであり、自主性や対話が選手に必要なコンピテンシーということで選手育成にコーチングの手法が取り入れられることが多いこともあり、コーチである私も以前からラグビーに注目していました。なので、このタイミングでラグビーワールドカップ2019日本大会成功までの道のりについてご紹介します。

 

 

TVドラマ『スクールウォーズ』の泣き虫先生のモデルの存在

毎年年末年始に全国高校ラグビーフットボール(以下ラグビーと標記)大会が大阪の花園ラグビー場で開催されていることをご存じの方は少なくないかと思います。スクールウォーズの泣き虫先生のモデルとなった山口良治氏はその花園を目指して弱小チームから全国制覇を成し遂げたことで知られました。どのくらいの弱小ぶりだったかというと、山口氏が伏見工業高校ラグビー部監督に就いたのが1975年だったが、就任直後の試合で花園高校相手に112-0の大差で敗れたほどです。ドラマの名場面の1つだった監督と選手の試合後の「悔しくないのか!」「悔しいです!」のように悔しさをモチベーションにそれから練習に励み1981年に全国制覇を果たしました。そのときの主将がミスターラグビーと言われた平尾誠二氏です。

 

 

ミスターラグビーの監督としての苦悩

平尾氏が高校で全国制覇を果たした1980年代は国内でラグビー人気は高く、ラグビーの試合を見たことがなくても平尾誠二という選手の名前と顔はニュースで知るほどでした。平尾氏は高校、大学、社会人で日本一を達成するほどの優れた選手であり、さらに精悍な顔つきとラグビー選手の割にはスマートな体型で女性からの人気も高く(野球の大谷翔平選手という感じでしょうか)、ラグビー人気の一役を買っていたわけですが、平尾選手が挑んだラグビーワールドカップ1995の予選でオールブラックス(ニュージーランド代表)に17-145と惨敗しました。

 

この歴史的大敗を機に日本のラグビー人気が集落し、また日本と世界の力の差を痛感した平尾氏と同じ想いを抱いていた日本ラグビー協会の徳増浩司氏はどうすれば日本のラグビーが変わるのかを考えるようになりました。そして1997年に平尾氏は34歳の若さで日本代表監督に就任しました。目指すはワールドカップの決勝トーナメント進出でした。日本と世界とではどんな違いがあったのかというと、徳増氏いわく「日本のラグビーは練習が大事。練習で型を決めて、その通りに試合に出す。一人ひとりに役割が決められていてそれを集団で出していく。ただ一度シナリオが崩れると、どうしていいかわからなくなってしまう。ところが外国人は個人を大事にしている」とのことです。

 

チームの考え方やプレースタイルを変えていかないといけないということで、平尾氏は当時オールブラックスにいたジェイミー・ジョセフ氏に連絡をとり「日本代表を助けてほしい」と懇願し招聘しました。日本ラグビーで重視されてきたのは組織と規律であり、選手は監督の指示通りに決められた役割をこなすことでした。平尾氏はそのやり方をジェイミー氏と変えるために、外国人選手を招集しました。しかし、そのやり方に社会人チームは反発し、代表メンバーに主力選手を渋りました。その結果ワールドカップ1999で日本は一時リーグ全敗という結果に終わり、2000年に平尾氏は監督を辞任しました。

 

 

JRFU(日本ラグビー協会)の取り組み

その後も平尾氏や協会の徳増氏などはあきらめず、どうすれば日本のラグビーは世界で勝てるようになるかを模索していました。その中の1つのアイデアが日本でワールドカップを開催することでした。そもそも国内のラグビーの競技人口が少ないということから始まり、どうすればラグビーの魅力を多くの人に伝えられるかなどただ日本代表チームを強化するという視点だけではなく、裾野を広げるというアプローチが加わりました。

 

アジアで過去に一度も開催されたことがなかったワールドカップを日本で開催することになれば日本中が盛り上がるであろうと。かつて「極東のラグビー弱小国」と世界から見下されていた日本ラグビーでしたが、招致活動に協会は尽力しました。日本でワールドカップを開催することの意義や日本でのラグビーができる環境(当時は恵まれた環境ではなかった)、そして想いを伝えたことで2009年にワールドカップ2019の日本開催が決定しました。

 

2010年からワールドカップ開催の2019年までの10年間の協会の新理念、新ビジョン、新ミッションとそれを実現するための分析と戦略が明確化され、実行に移されました。

 

2019年までの理念

We are Rugby Family

「ノーサイドの精神」を、日本へ、世界へ。

 

2019年までのビジョン

Rugby:For All

「ノーサイドの精神」を、日本へ、世界へ。

ラグビーファミリーを国内外に増大させ、日本ラグビーの国際力を高める。

 

2019年までのミッション

1:「ラグビーファミリー」を増大させる。

—競技者、ファンはもとより、サポートをする人々も含めて、 日本のラグビーファミリーを広げる。特に、競技人口を 20 万 人規模に拡大する。—

 

2:日本ラグビーの国際力を高める。

2-1:2019年日本開催のラグビー・ワールドカップを 成功させる。日本代表はベスト8入りを果たす。

2-2:2016年オリンピック(リオデジャネイロ)において、 7人制日本代表がメダル獲得を目指す。

2-3:アジアにおけるラグビーの普及、強化に貢献する。

 

これれらのミッションをベースに、戦略計画に於けるターゲット(ゴール)を定め、そ れを実現する為のより具体的な施策にブレイクダウンする。今後 10 年にわたり、環境の 変化に対応しその方法(施策)は修正しつつも、このミッション自体は 10 年間の普遍の 達成目標として、「ラグビーファミリー」で共有し、邁進してゆく。

 

※参考資料 JRFU戦略計画(要旨)

 

 

日本代表チームの変化

この頃、平尾氏は神戸製鋼コベルコスティーラーズのGM兼監督に就任していて、2012年にラグビーワールドカップ2019組織委員会の理事に就任しました。しかし、2016年に53歳という若さと日本でのワールドカップを開催を見ることなく惜しくもガンで病死されました。それでも闘病中の2015年にワールドカップイングランド大会1次リーグで日本は優勝候補の南アフリカに逆転勝利しました。この南アフリカ戦はニュースで大きく取り上げられ、日本のラグビーのレベルが上がったことを多くの人に知らしめることができました。

 

この歴史的勝利は日本のラグビー熱を2019年のワールドカップ日本大会に向けて加速させただけでなく、それ以上に日本のラグビーが変わったことを証明する一戦でした。日本チームのヘッドコーチだったエディ・ジョーンズ氏は初戦で南アフリカとの対戦が決まってからは南アフリカに勝ちにいくことを公言し、選手はハードトレーニングを積んできました。そしてゲームの終盤、29-32と3点差で負けていた中、日本のPKチャンスを得た場面でPKで同点引き分けに甘んじるのではなく、リスクはあるもののうまくいけば逆転勝利が望めるスクラムを選択しました。これは監督の指示ではなく選手たちの主体性によるものでした。

 

それを平尾氏は闘病中の病院のベッドで見守っていました。奇しくもその1週間前に末期がんを告知されていました。1次リーグで3勝し、期待された決勝トーナメント進出は惜しくも叶いませんでしたが、日本のラグビーが変わった様子を画面越しで見た平尾氏は長年夢見てきた理想とする日本ラグビーというパスがつながったと思われたのではないでしょうか。

 

 

監督や選手の想いだけでは周りを巻き込むことは難しく、ベクトルを合わせてそれぞれのポジションでやるべきことをやれるしっかりとした計画や戦略を立てることが変化、成長、ビジョン実現につながることが日本ラグビー界の例から理解いただけたかと思います。弊社も企業の持続的成長と今の時代に必要な変化の実現を後押しする中期経営方針づくりやアクションプランの実現のコーチングを行っています。皆さんの逆転勝利が望める戦術は何ですか?弊社はそれを一緒に考えるサポートをいたします。

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